第1話 月降りの夜

他サイトから再掲。月の降る夜、「引っ越し」をする少女の話。


 ぐうっ――と伸びをして少女は笑う。

 笛の音が聞こえた。どうやら無事に月降りは行われるらしい。大人達が散々雲の動きがどうの星の光がこうの騒がしくって心配になってしまったが、大丈夫なようだ。真っ白い新品の上着をはためかせ、丘の上から駆けていく。

 この丘は私のお気に入りの場所だ。てっぺんにあるのは桜の木、春には淡いピンクに染まり秋は鮮やかに紅葉する。緑の芝で覆われた地面に寝転がると、空がいっぱいに広がっている。暖かい陽射しに照らされて、涼しい風に吹かれて。遊んで眠っておやつも食べて。

 でも、もう、来られなくなるのだけれど。

 私はずっと遠くに引っ越しをする。この丘とも、この街とも、もうお別れになる。

 月降りの夜にわたあめを食べるのも、今日が最後だ。

 駆けていく。今は夜だけれど、どこもかしこも皆々灯りで照らされているから、まっすぐ走っていける。月降りの日は毎年こんなだ。知らないけれど、私が産まれる前からきっと。提灯でもいい蝋燭でもいい、いろんな灯りを街の隅々にまで設置して、太陽が昇る昼にさえも負けないように。

 今日は月降り。月に捧げる夜。それなのに、どうしてこんなに明るくするのだろうと毎年思う。街の灯りが多いと、星が綺麗に見えないんだって理科の先生は言っていた。月はそうじゃないってこと? それとも、見えなくなってもいいんだってことだろうか。月のお祭りなのに? 大人のすることっていうのは、いまいち解らない。

 私も、大人になれたら灯りの意味が判るのだろうか。

 駆けて、駆けていく。街の中心の方へ行けば、たくさんのお店が集まっていて、甘いお菓子も楽しい玩具もたっぷりあるのだ。私のフトコロは温かい。今日は特別だからと、お小遣いをたんまり貰ったのだ。丘から街の中心までは、ちょっと距離があるのだけれど、楽しみのおかげで足は軽い。いくらだって走れる。

 はっはっ、はっ、と息を切らしながら、ちょっぴり疲れてきた私が足を動かしていると、クラクションの音が聞こえる。私の横に停まった車の窓から、近所のおじさんが顔を出してきた。乗せていってやるよと言う。私は首をふる。歩いていきたいんだよって、まあ走ってたんだけど、そう答えればおじさんは頷いた。そうか、そうだな。引っ越しのことを知っているおじさんは私に手を振って車を走らせた。私は言葉どおり歩いていった。

 歩いていく毎に人が増えていき、がやがや、ざわざわと賑やかになる。あちらこちらでいろんなお店が出ていて、ふらふらふらふら、つい私は蛇行してしまう。おでんの屋台で買った卵をかじりながら、灯りの中を歩いていく。

 そうしてようやく辿りついた街の中心。時々イベントが行われる広場を囲むようにして、いろんなお店が並んでいる。ここに来るまでにもおでんとか、飴とか食べたのだけれど本番はこれからだ。せっかくなのだから、お腹いっぱい食べなくちゃ。楽しまなくちゃ。

 苺味のかき氷に、頭がキンとなる。水色のヨーヨーを釣る。たこ焼をほおばったら舌を火傷して、うう、この後にかき氷食べたら良かった。金魚すくいは…金魚すくいは…飼ってあげられないからガマン。チョコバナナにかぶりついて、次はどうしよう、とうもろこしに焼きそばに…。大好きなわたあめは最後にとっておくんだ。

 ヨーヨーで遊びながらお祭りの中をさまよい歩く。うろちょろうろちょろ。どこに行こうかな。何をしようかな。楽しいなあ、楽しいな。でももっと楽しまなくちゃ。

 最後なんだから。

 しばらくして、私はわたあめを買った。ふわふわのわたあめを味わって、味わって、味わいつくすとお店の人がもう一つくれた。

「サービスだ。持って行きな」

 お礼を言って、わたあめを手に駆けていく。ギリギリまでお祭りを楽しんでいたせいで、もう遅刻寸前だ。怒られるかなと思ったけれど、誰も私を怒らなかった。

 私は、広場の中央に立った。今夜ここにはいろんな色の花が飾られていて、キャンドルがそれらを照らしている。きれいだなあと思って、そして、わたあめを大切に持って、上を向いた。

 時々イベントが行われる広場。

 今夜が、一年間で一番すごいイベントだろうと思う。

 なにせ、月が降ってくるのだから。

 私の真上、丸い月。ずんずんと大きくなっていく月。私に近付いてくる月。これから私をさらう月。月にさらわれた後、私はどうなるのだろう。毎年、毎年、月降りの夜、月にさらわれた人達はどうなったのだろう。なんにもわからないけれど、でも、私はとてもうきうきしているのだ。だってほら、あの月の色を見てほしい。ね、白いでしょう?

 甘いわたあめと同じ色。

 さようなら、私はお月さまに引っ越します。お手紙は多分出せないと思うので、これは本当のお別れです。それなのにごめんなさい、私はとても幸せです。


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月山

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