第4話 逆転の布石の布石

風火は、親父の言葉の意味を知ったのだが、おやっさんの姿は見当たらない。


前のエピソード:

「もう一回聞いてあげる。私ってば優しいなぁ」
風火、今日一番の笑顔を男に向ける。

風火の幼さの残る笑顔から、一味の男である三毛猫はこれから受けるであろう拷問を薄ら透けて見たようで、ハリネズミのように体中の毛が逆立っていた。長年住んでいた毛じらみすらも慌てて逃げ出した。逃げた毛じらみを、観客のネズミは見逃すはずはなく、すぐに捕食した。

いつもは鍵しっぽでコンプレックスを抱えていた三毛猫ではあるが、このときだけはその尾でさえもも垂直になった。

風火の沈黙が続くにつれて、三毛猫は想像した。
我々猫たちが、いままで風火たちネズミをチーズのトラップで貶めてきたように、今度はチャオちゅーるのトラップか、あるいはペットボトルに我々猫が囲まれてしまうことを想像して、突然、強い低気圧が来たような気がして酷い頭痛が走った。この末端の猫は、誰に説明されるわけでもなくこれから自身に起こるかもしれないことを悟ったのだった。

どれくらいの沈黙が続いただろう。
風火と三毛猫のどちらが先に言葉を発するのか、天井に張り付いたネズミたちは、さっきまでの緊張とは打って変わって、古代ローマのコロッセオの観客のようにこれから始まる京劇を見逃さまいとしていた。

猫背を壁にピッタリとくっつけている三毛猫に、風火は、続けてこう言う。
「あんた、猫なのに耳悪い? もう一度だけ、聞いてあげる」
もう一度だけとの言葉の抑揚は普段の風火と変わらないのだが、この三毛猫にとっては、重力を反転させるほどの意味を持ったに違いない。

三毛猫の頭上には、虎視眈々と見つめる20あるいは30であろうか、星空よりは幾分かすくない光が規則的に配置されていた。
その2、30の光が、風火をさらに煽動させ、三毛猫を戦慄させた。

「お、おれは親方についてきただけだ!」
三毛猫は、もう一度、同じことを言った。
そして、つづいて、
「でも、お前らネズミは、窮したときにしか、俺ら猫をかんじゃいけねえぜ。古代からの言い伝えだ。だから早く俺を離しな。
古文書にもそう書いている。この掟をやぶることはねぇよな。風火。」

三毛猫は、自分の状況とは不釣り合いな言葉を大声で吐き捨てた。
窮したときだけしか鼠が猫を噛んではいけない、という掟は、実はもう少し複雑で、窮したかどうか判断するのすら猫だったのだ。
だからこそ、鼠は、猫に噛み付くことができなかった。古来の古文書から伝わる掟だった。

2、30の瞳が、三毛猫と風火を交互に見つめる。
ウインブルドンの観客のようだ。

風火は、テニスボールが自陣のどこに落ちるのかすら予測してたようで、
「窮鼠齧狸・・・そう、猫じゃなくて、狸なんだよ。猫じゃなくて狸。いくら頭のわるいあんたでも、この意味、わかるよね?」

風火がそう告げたと同時に、煙幕が晴れた隣家から、おやっさんの叫び声がした。


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企業法務あたりを漂う若手弁護士。 匿名だからって過激なことは言わないけれど、実名で言いにくいことってあるよね。IT、サメ、西語、純文学が好き(ワナビ)。 note→https://t.co/5ZCzbt6hLT。 画像はアリムラモハ様(@mohamedo62)!許諾感謝!
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