前のエピソード
『たいっへんに申し訳ありません。部下に任せた私のミスなのですが、今朝あなたに引き渡したのは、人違いでした。もう殺してしまいましたか?』
電話の向こうの依頼人は、かなり焦っている。
「まだ殺しちゃいねえが、仕事をバッチリ見られちまってるからなあ……運が悪かったな。こいつの分の料金も上乗せさせていただくぜ」
『待って! 待ってください! その人には妻子があって、ひとり娘はまだ小さいうえに、大きくなったらパパみたいなパティシエになるんだって夢を膨らま』
「待て」
早口に言葉をさえぎった。
いまこいつは何と言った?
「おい。この男、パティシエなのか?」
『はい。フランスの有名な賞を何度も受賞している、天才パティシエの西条という者で……」
電話を切った。そしてハチに命じる。
「すぐに縄をほどけ!」
「ひぃっ!? は、はい!」
ドラム缶から引きずり出され、縄をほどかれた男、西条は、ゲホゲホとむせながら地面に倒れた。
おれはつかつかと歩み寄り、しゃがむ。
「お前、店の名前は?」
「パティスリー・ハルヒトサイジョウ」
名前を聞いた瞬間、血が沸き立った。
「……ぃぃぃやっぱりかああああーーーー! 西条っつったらなあ! 西条っつったらそうじゃねえかと思ったんだ! おい、すぐにこの方にお車を用意して差し上げろッ!」
「ひ、ひぇ! はい!」
慌てて電話をかけるハチのケツを蹴り、西条さんに手を差し伸べる。
「数々の非礼、お許しください。私はあなたの作るミルクレープこそ人類の至宝だと思っております」
西条さんは、自体が飲み込めていないのか、目をみはったまま、固まっている。
舎弟の手前、こんなことをするわけにはいかないかとも思ったのだが……色々天秤にかけた結果、これが最善だと考えた。
バッとうしろに飛び、そのまま土下座をした。
「ご無礼をお許しください! そして、もし、もしよろしければ……うちの組の専属パティシエになってくださいませんかあぁぁああああああ!」
いいなぁ、めっちゃ笑わせていただきました!!
西条の答えやいかに
まさかのパティスリー。組専属のパティシエ。自分では出てこないアイディアを見るのは、やっぱ楽しいですね。