第2話 立春

二階には誰が住んでいるのだろう。私と同じリズムを刻む人がいるのだろうか。そんなことを思って、私は、庭を飛び出した。


あの幻聴のような嫌な夢から覚めるために、私は庭に出た。
アパートの庭に出て、雲から舞い降りる雪を見上げていた。
1分か、10分か、それはわからない。
どれくらいの時間を、この古びたアパートの庭に居たのだろう。

時間なんて気にしないまま、今を生きている。
あの頃の私なら、腕時計をしないと仕事をした気にならなかったのだけれど、もう腕時計をする必要もなくなった。
それでも、昔にバンドで身についたBPMあるいはリズム、それは私の体に本能のようにして打ち付けられてしまったようで、あの幻聴かもしれないディストーションの効いたギターとリフは大体3分10秒だったと思った。
やはり、嫌な夢だとも思った。

冬の陽光がほんの少しだけその高さと熱さを増す。
庭に出てもう1時間は経ったのかもしれない。

するとどうだろう、今度は、スノードームを逆さまにするかのように雪が舞い上がっていった。
みんなにこの話をすると、おそらく、
「インスタグラムに投稿しろ」
「精神病院・・・いや、まずは心療内科でいいから行った方がいい」
との浮いた言葉がかえってくるのだろう。

でも、私は、やはりこの事態も自然に受け入れることができた。
ほら、タンポポの綿毛は、自然と上へ上へと向かっていくでしょう?
いま、雪が上へ上へと舞い上がっていくことは、やはり自然で、今日まで私以外は気が付かなかったことなのかもしれない。
そう、これは私が世界で初めて見つけた大発見なんだ。

私がこの世紀の大発見をした瞬間、もう一度、二階の住人は水道を使いだした。
水の流れは途切れもなく流れるように聞こえていたけれど、今、私の両耳は、水の途切れ途切れが聞き取れるようになっていた。
不規則だけれど2階の住人と私にしかわからない、途切れ途切れの中にある予定されたリズムが、確実にそこにはあった。

「そういえば、二階には誰が住んでいるんだっけ」
私がこの家に引っ越したとき、二階の住人に挨拶しようとしたけれど不在で、不動産屋から持たされた500円程度のタオルの詰合せセットを、ドアノブにくくりつけて帰ってきたんだった。

「こんな朝に行くと迷惑かな」との思いよりも、忘れかけていた好奇心と、忘れてしまいたい恐怖心の正体を突き止めたくなって、私は、古びたアパートの階段を昇ることにした。
一段、一段と、段差を踏むたびに、やはり、あのギターや水道水と同じリズムで、きしむ音が聞こえた。


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企業法務あたりを漂う若手弁護士。 匿名だからって過激なことは言わないけれど、実名で言いにくいことってあるよね。IT、サメ、西語、純文学が好き(ワナビ)。 note→https://t.co/5ZCzbt6hLT。 画像はアリムラモハ様(@mohamedo62)!許諾感謝!
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