前のエピソード:
『戦う』
私の選択は戦うこと。
丁度、折よく、偶然にも、今日は調理実習の日だ。バックにしまった百均包丁を掴み取り、ケースを抜き放つ。
「ネモネード・クリーチャー……お前の飛沫は受けない!」
三段変速、ギアマキシ。
弾けろ私のふくらはぎ。
土手に立ちふさがるレモンを交わして、ドリフトターン。
バースト、リスタート。
包丁片手に立ち漕ぎ全開、ママチャリ騎乗の高速転身。
「アレグロ!スタッカート!」
来たッ、レモンの酸性果汁の高速散布。一説には高圧噴射のガス圧と同等のスピード。亜音速に達するスッパレモン汁は視界を潰す。
前輪ブレーキを握り締め、ハンドルを直角に切る。なぎ倒した車体と後輪ディスクブレーキ。横倒しのスライディングで交わす果汁。
すれ違いざまに包丁を突き立てスライス。
私は手に馴染んだレシピを繰り返す。
『レモネードの作り方』
何度も何度も繰り返してきた、研鑽を重ねた、私の技術。
それはレモンを斬るためだけに、鋭さを増した。
まずはスライス。
薄切りにして果汁と香りを無駄にするのは三流の仕事。
レモンの果肉同士の間隙をついて、入刀。切断。
「はッ、このパフュームはッ!」
辺りに充満したカリフォルニヤの陽光と乾いた風。
「これは……檸檬ッ!」
既に胸いっぱいに吸い込んだから手遅れ、術中にはまり込んだ。
私を支配したのはとある妄想、悪だくみだ。
そうだ、丸善に行こう。この黄金色の爆弾を仕掛けて、大爆発を起こすのだ。気づまりな丸善を吹き飛ばしたら、どんなに胸がすくだろう。
「いいや、これは精神攻撃だ。しっかりしろッ」
レモンは泰然自若とそこに在る。中途半端に切り裂かれた果実からは、爽やかな香りが醸し出される。くそぅ、どんどんほとぼりが冷め、頭が澄み切って行く。
「じゅん!」
片膝を付いたそこに、白い祈りが振りまかれる。
そいつは砂糖だ。
「おばあちゃん!」
「じゅん、今よ!」
包丁を手に駆ける。
「これで終わりよ……アンセム」
水筒に詰められたシロップを振りまく。
輪切りになったレモンが朝日にきらめく。スローに堕ちる果肉が突如空中に現れた瓶に詰められていく。とくとくと透明、注がれた糖蜜。
チャリーン!
討伐報酬の硬貨がレモンからはじき出される。
百円のドロップ。
「ありがとう。お兄ちゃん」
どこか懐かしい海の香りがした。
私はそのレモネードで喉を潤した。
『爽やかマリンビーチ!!南国テイストレモネード!!』
『好評発売中!』
「はい、カットオッ!」
ありがとうございます!めちゃめちゃ笑いました!笑