「窓、閉めてくれよ。雪の音が聞こえねぇじゃん」
男の声。両耳から聞こえる。二階のベランダで男が煙草を吸っていた。
「雪の音がするの?」
「いまは聞こえねぇよ」
部屋に戻ってCDを消した。
「聞こえる?」
「ああ、聞こえる。ありがとな」
私には何も聞こえない。バス停に近づいたバスが立てるチャイムが、通りから響く。
「そこに雪の音を聞きにいっていい?」
男は何も言わずに空を見上げている。
「ここだと聞こえないんだけど」
「何が?」
やっと男がこっちを向いた。
「雪の音」
黒い髪に少し雪がついている。
「そこに行っていい?」
「ああ。さっきの、また幻聴だと思った」
部屋着の上にN-3Bを纏って、外の階段を上がる。本当に来たの、という男はせっけんのにおい。
「雪の音がするの?」
「聞こえねぇの?」
「きっと、幻聴だよ」
男にマルボロメンソールをもらって、久しぶりに喫った。
「おまえの声は幻聴じゃなかったのか。そういえば左からも聞こえてたかもな」
「左利き?」
男が右手に持つ煙草を見て気がつく。
「そうだけど」
私は右利きで、右手で火を点けるから、左手に煙草を持っている。
「左利きの人は右から。右利きの人は左から」
「なに、それ」
「私も雪の音が聞きたい」
「なあ、さっきのなに?」
「さっきのって?」
男はいらついたみたいに煙草を消して、部屋に入った。戻ってきた男は二本のビールを持っていた。
「飲むだろ」
「ビールきらい」
「――おまえ、バカだろ」
「うん。うちから酒もってくる」
「いい。俺、飲み屋やってたんだよ。おまえが飲みたい酒くらいうちにあるよ」
「じゃあフローズンストロベリーダイキリ」
「フローズンは無理だ」
男が作ったイチゴ色のカクテルを、ベランダから空に掲げた。雪が少しづつ、グラスに積もる。