第2話 アパート(最終話)

2020年冬。最近アパートの二階からの物音が絶え間なかったんだけれど、住人の男は休職していたらしい。そういう一階の私も一日中部屋にいたんだけれど。


「窓、閉めてくれよ。雪の音が聞こえねぇじゃん」

 男の声。両耳から聞こえる。二階のベランダで男が煙草を吸っていた。

「雪の音がするの?」

「いまは聞こえねぇよ」

 部屋に戻ってCDを消した。

「聞こえる?」

「ああ、聞こえる。ありがとな」

 私には何も聞こえない。バス停に近づいたバスが立てるチャイムが、通りから響く。

「そこに雪の音を聞きにいっていい?」

 男は何も言わずに空を見上げている。

「ここだと聞こえないんだけど」

「何が?」

 やっと男がこっちを向いた。

「雪の音」

 黒い髪に少し雪がついている。

「そこに行っていい?」

「ああ。さっきの、また幻聴だと思った」

 部屋着の上にN-3Bを纏って、外の階段を上がる。本当に来たの、という男はせっけんのにおい。

「雪の音がするの?」

「聞こえねぇの?」

「きっと、幻聴だよ」

 男にマルボロメンソールをもらって、久しぶりに喫った。

「おまえの声は幻聴じゃなかったのか。そういえば左からも聞こえてたかもな」

「左利き?」

 男が右手に持つ煙草を見て気がつく。

「そうだけど」

 私は右利きで、右手で火を点けるから、左手に煙草を持っている。

「左利きの人は右から。右利きの人は左から」

「なに、それ」

「私も雪の音が聞きたい」

「なあ、さっきのなに?」

「さっきのって?」

 男はいらついたみたいに煙草を消して、部屋に入った。戻ってきた男は二本のビールを持っていた。

「飲むだろ」

「ビールきらい」

「――おまえ、バカだろ」

「うん。うちから酒もってくる」

「いい。俺、飲み屋やってたんだよ。おまえが飲みたい酒くらいうちにあるよ」

「じゃあフローズンストロベリーダイキリ」

「フローズンは無理だ」

 男が作ったイチゴ色のカクテルを、ベランダから空に掲げた。雪が少しづつ、グラスに積もる。


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aina

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