わたしの初恋は、五歳のとき。
お相手は、同い年の優樹くんだった。
アパートの上の階に住んでいて、引っ込み思案のわたしを、よく公園に連れて行ってくれた。
わたしが小学校に上がるタイミングで引っ越してしまったので、それっきり、いまはどうしているかも分からない。
唯一の写真は、アパート前のコンクリートブロックに腰掛けて、仲良くスイカを食べているところ。
淡い思い出だ。ずっとそう思っていた。
高2の夏休みが明ける、その日までは。
*
新学期、朝のホームルーム。
生活リズムを立て直せないまま登校したわたしは、カバンを置くなり、机にほっぺたをくっつけて溶けた。
「ねえねえ、菜々美」
話しかけてきたのは、親友の香奈。
やる気なく少しだけ顔の角度を変えて見ると、香奈は頬をてかてかさせながら、こちらへ身を乗り出した。
「転校生が来るらしいよ! しかも超イケメンだって!」
「へえ。誰か見たの?」
「職員室で、小林先生と話してるところ見たって」
小林先生はうちの担任なので、話が本当なら、そのイケメン君は、クラスメイトになるのかも知れない。
けど、だからなんだ。
わたしみたいな目立たない女子は、特に関わりもないだろうし、まあ、人口がひとり増えたくらいの感覚だろう。
チャイムが鳴る。みんながガタガタといすに座ると、フレアスカートを揺らした小林先生が入ってきた。
そしてその後ろについてきたのは、はかなげな印象の男の子だった。
背は高く、色白で、清潔な黒髪。切れ長の垂れ目が印象的な、ちょっと浮世離れした感じの。
「やば! 超イケメン!」
「え? 芸能人?」
女子が騒然とする中、転校生くんは教壇の前に立った。
「みなさんおはようございます。夏休み、元気に過ごしてましたか? きょうから仲間が増えますので、紹介しますね。武田くんです」
穏やかな表情の武田くんは、ちょこっとお辞儀をしてから、口を開いた。
「はじめまして。武田優樹です。よろしくお願いしま――」
ぐるっと見回した彼と、バッチリ目が合った。
そして。
「……ななちゃん?」
二話 塩をかけてもショッパイままだ
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