ぴっちりとしたコクピットの中は、充満した俺の空気で満たされていた。ケツの下からは緩い響きが断続的に蹴り上げて来る。ここはゆったりと死んでいく微睡に浸された胎内。
手を組んで、シールドの外を見上げる。
空は高く。青は霞んで白く成りゆく。
俺は奴の口車に乗っただけにすぎない。鼻持ちならない奴。薄っぺらい他人への称賛を携えたピエロ。普段なら、絶対にあんな奴の言うことを聞いたりしない。絶対にだ。
ひもなしバンジーのアトラクションをピエロとやった。
奴はクソな奴だったが、間違いなく飛び方を知っていた。ひもなしで空を飛ぶ方法。
ピエロが言う。
「まだだ、まだ見るな。まだ目を開けるな。飛ぼうとするな」
一緒になって自由落下し、勢いを使って空へと駆け上がる。浮遊感が胃の底をくすぐる。見えないひもに吊られたように、振り子の要領で急上昇した。
「お前は才能がある。存在の透明さ、無機質さはピエロの才能がある。きっと、誰よりも飛べるようになるだろうさ」
ピエロは俺にそう嘯いた。
俺は騙されたのだと思った。
何故なら、最低な気分は墜落を続け、いつまでたっても底に辿り着かない。
お道化て見せたっていいぜ。踊って見せたっていいぜ。
俺は物を投げつけられ、階段から蹴り落とされ、それでもいつだって道化であり続けたぜ。あのクソ野郎の教えに従って、ピエロであり続けた。
それだけ。たったそれだけが、ピエロであることが、この世界でまともな頭を持ったまま空を飛ぶ方法だったから。地を這いずる奴ら、地べたから見上げる奴ら。そんなものは哀れで見ていられない。そんな現実が息をしていることに耐えられない。あのゴミ溜めには戻れない。
ひとたび、一度空を知れば、人はもう地を歩いて生きてはいけない。
どうするべきだろう。この手に持った甘くないキャンディーバーを、さっきから何度も口に入れたり出したりして、この沈みゆく結論を待っている。
俺はピエロだ。この身はとうに堕ちきっている。
ピエロは笑わせるぜ。ピエロは楽しませるぜ。ファニーなショーを披露するぜ。
愉快、痛快、残酷活劇。
どうだ、みんな楽しめたかい?
笑っちまうぜ。
今さら、救い上げるものなどいない。
キャンディーバーがこめかみを撫でる。珍しく鼻歌なんかを歌っていた。
メイクは剥がれ落ち、笑いと涙は消え去った。そこには懐かしい、無機質な少年が静やかにハミングを響かせていた。
もう空に戻れないのなら。
残り僅かな何もかもと、まったりした余生を垂れ流して。このまま、このまま世界が閉じたままだったら、きっとそれはそれで幸せな夢だろうと。
目を閉じた。
ハミングとこめかみで拍を取る音だけが揺らして。
その時、瞬いた。
沈んだ眠りを覚ます羽ばたきが確かに聞こえた。
鳥だ。前進角に翼を付き出した鳥が大きく旋回していた。
第2話 飛んだピエロ
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第2話 飛鳥隊、配属
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