第3話(完結) 怪鳥の巣へ

巨大スズメが落とした一枚の羽を触ると……。


前のエピソード

 無残に荒らされた部屋で、呆然と立ち尽くす。

 床に散乱したガラス片にキラキラと朝の光が反射して、他人事のように『映画みたいだ』なんて思う。

 ふと、ななめ下に目線を落とすと、巨大スズメの羽が一枚落ちていた――僕の上半身くらいはある大きさだ。

 目の前にしゃがみ込み、つんつんとつついてみる。

 まだ少し温かいそれは、つい先ほどまで確かにあの怪鳥の一部だったのだと、つまりこれが現実なのだと語っていた。

 どうしよう。いや、現状、ヒントになりうるものがこれしかないのだから……。

 僕は、RPGの主人公が大剣を背負うみたいに、軸のところを持って肩に担いだ。その刹那。

「うわ……っ!」

 ガラスに乱反射した太陽光が僕の視界を奪い、真っ白な世界に飲み込まれた。

*

 気づくと僕は、森の中に立っていた。いや、密林と言った方が正しいか。

 暑さに嫌な汗が流れる。

 背の高い木々を見上げると、どれも一様に、大量のバナナを実らせていた。

 異常事態も、ここまで立て続けに起きていれば、何とも思わなくなるものらしい。

 道はないかと辺りを見回す。

 身体をねじった拍子に担いだ羽がぶわっと空気をはらんで、遠心力のままに転げた……と思った次の瞬間。

「わぁっ!」

 体が宙に浮いて、横っ風から上昇気流に乗った僕は、文字通り空へ舞い上がった。

 ジェットコースターの頂上くらいの高さ。

 必死で羽にしがみつきながら進行方向を見据えると、雲――いや、巨大な鳥の巣だ。

 猛烈な風にあおられて、吸い込まれること5秒。

 巣の中に入った途端に羽は消え失せて、体が投げ出された。

 ゴロゴロと転がるも、地面は複雑に入り組んだ枝でできているため、クッション性があり、幸い怪我はなかった。

 さっと起き上がり、叫ぶ。

「ハナ! ハナ!」

 連れ去られる直前、彼女は気を失っていた。

 もしかしたら返事はできないかも知れないけど、僕には、絶対にここにいるという確信があった。

――ハナではありません

 ふいに、しとやかな女性の声が響いた。

「誰かいるのか!?」

 空に向かって叫ぶ。声は、静かに告げた。

――彼女はいま、マザー・スパロウ様の庇護を受けています

 マザー? 庇護?

 ハナをさらったと思ったあの巨大なスズメは、ハナを助けようとしていたのか?

「彼女はどこにいるんだ!」

 どこから降ってくるのか分からない声に向かって呼びかける。

――ヒナ。彼女をそう呼べば、きっと目を覚まします

 声が消えたと思ったら、ふわっと視界が揺れて、次の瞬間には先ほどまでとは違う場所にいた。

 針金で組まれた巨大な巣。

 マザー・スパロウは、目をつぶったままのハナを、我が子を守るかのように抱いていた。

「あの……ハナを、返してください」

 おそるおそる声をかけると、こちらへ少し首を傾けて、かちかちとくちばしを鳴らしながら言った。

「ヒナであると、聞かなかったのか?」

「聞きましたけど、違います。その人は、僕の恋人のハナです」

 ふむ、と言ったきり、マザー・スパロウは何も言わない。

 しびれを切らして歩み寄ろうとしたけど、たしかに前に進んでいるつもりなのに、ランニングマシーンに乗っているみたいに、その場から移動できていない。

「あなたたちは何なんですか? ここはどこなんですか? なぜ彼女は記憶がなくなっちゃったんですか?」

「……ヒナは、この惑星の守護鳥だ」

 守護鳥? 何のことだ? ハナはどこにでもいる普通の女の子だ。

「勝手なこと言わないでください! こんなおかしな、そちらの都合でハナを奪われたらたまらない!」

「奪ったのはお前だ。儀式の最中のこの子をかどわかし、勝手な名をつけ、記憶を消し去っただろう」

 頭にかすみがかかったような感覚に襲われた後、僕の脳裏に浮かんだのは、ハナと出会った日のことだった。

 大雨の降る深夜、バイト帰りに歩いていたら、ずぶ濡れの彼女が目に入った。

 大丈夫かと声をかけると目がうつろで、病院へ連絡しようと名前を尋ねたとき、ちょうど大型トラックが水しぶきをあげて……

『君、名前は?」

『×ナ』

『ん? ハナちゃん? かな?』

『そう、かも知れないわ』

 むかし、どこかで聞いたことがある。

 鳥の雛が地面に落ちていても、拾ってはいけない。人間の匂いがついた雛は、親鳥が警戒して、育ててもらえなくなる……と。

「そなたが、この子をヒナと呼べば、目を覚ます。ただし、ヒナの中からもそなたの中からも、ふたりの記憶は丸ごと消えるが」

 唇を噛んだ。

 彼女が目を覚ますことが一番いいに決まっている。

 けれど、ハナとの記憶が一切なくなってしまうなんて、そんな辛くて悲しくて、身がちぎれることがあるだろうか。

「さあ、呼びなさい。ヒナ、と」

 僕は深く息を吸い込み、眠る彼女を呼んだ。

「×ナ」

*

 ぱちっと目を覚ます。

 何の変哲もない、日曜の朝だ。

 ひとり暮らしには少々大きすぎたベッドから身を起こし、うーんと伸びをする。

 こんもりと、不自然な形に盛り上がった布団を見て一瞬不思議に思ったけど、気のせいだと思い直しながら、軽く整えた。

 何だろう、この、何か……忘れているような。

 ふと床を見ると、食べかけのバナナが落ちていた。

(了)


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小野じゅん

ライトミステリーを書く人。花札廃人。和菓子を食べる職人。公募がメインですが、過去作はカクヨムに載せています。将来の夢はものしり博士です。
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