前のエピソード
無残に荒らされた部屋で、呆然と立ち尽くす。
床に散乱したガラス片にキラキラと朝の光が反射して、他人事のように『映画みたいだ』なんて思う。
ふと、ななめ下に目線を落とすと、巨大スズメの羽が一枚落ちていた――僕の上半身くらいはある大きさだ。
目の前にしゃがみ込み、つんつんとつついてみる。
まだ少し温かいそれは、つい先ほどまで確かにあの怪鳥の一部だったのだと、つまりこれが現実なのだと語っていた。
どうしよう。いや、現状、ヒントになりうるものがこれしかないのだから……。
僕は、RPGの主人公が大剣を背負うみたいに、軸のところを持って肩に担いだ。その刹那。
「うわ……っ!」
ガラスに乱反射した太陽光が僕の視界を奪い、真っ白な世界に飲み込まれた。
*
気づくと僕は、森の中に立っていた。いや、密林と言った方が正しいか。
暑さに嫌な汗が流れる。
背の高い木々を見上げると、どれも一様に、大量のバナナを実らせていた。
異常事態も、ここまで立て続けに起きていれば、何とも思わなくなるものらしい。
道はないかと辺りを見回す。
身体をねじった拍子に担いだ羽がぶわっと空気をはらんで、遠心力のままに転げた……と思った次の瞬間。
「わぁっ!」
体が宙に浮いて、横っ風から上昇気流に乗った僕は、文字通り空へ舞い上がった。
ジェットコースターの頂上くらいの高さ。
必死で羽にしがみつきながら進行方向を見据えると、雲――いや、巨大な鳥の巣だ。
猛烈な風にあおられて、吸い込まれること5秒。
巣の中に入った途端に羽は消え失せて、体が投げ出された。
ゴロゴロと転がるも、地面は複雑に入り組んだ枝でできているため、クッション性があり、幸い怪我はなかった。
さっと起き上がり、叫ぶ。
「ハナ! ハナ!」
連れ去られる直前、彼女は気を失っていた。
もしかしたら返事はできないかも知れないけど、僕には、絶対にここにいるという確信があった。
――ハナではありません
ふいに、しとやかな女性の声が響いた。
「誰かいるのか!?」
空に向かって叫ぶ。声は、静かに告げた。
――彼女はいま、マザー・スパロウ様の庇護を受けています
マザー? 庇護?
ハナをさらったと思ったあの巨大なスズメは、ハナを助けようとしていたのか?
「彼女はどこにいるんだ!」
どこから降ってくるのか分からない声に向かって呼びかける。
――ヒナ。彼女をそう呼べば、きっと目を覚まします
声が消えたと思ったら、ふわっと視界が揺れて、次の瞬間には先ほどまでとは違う場所にいた。
針金で組まれた巨大な巣。
マザー・スパロウは、目をつぶったままのハナを、我が子を守るかのように抱いていた。
「あの……ハナを、返してください」
おそるおそる声をかけると、こちらへ少し首を傾けて、かちかちとくちばしを鳴らしながら言った。
「ヒナであると、聞かなかったのか?」
「聞きましたけど、違います。その人は、僕の恋人のハナです」
ふむ、と言ったきり、マザー・スパロウは何も言わない。
しびれを切らして歩み寄ろうとしたけど、たしかに前に進んでいるつもりなのに、ランニングマシーンに乗っているみたいに、その場から移動できていない。
「あなたたちは何なんですか? ここはどこなんですか? なぜ彼女は記憶がなくなっちゃったんですか?」
「……ヒナは、この惑星の守護鳥だ」
守護鳥? 何のことだ? ハナはどこにでもいる普通の女の子だ。
「勝手なこと言わないでください! こんなおかしな、そちらの都合でハナを奪われたらたまらない!」
「奪ったのはお前だ。儀式の最中のこの子をかどわかし、勝手な名をつけ、記憶を消し去っただろう」
頭にかすみがかかったような感覚に襲われた後、僕の脳裏に浮かんだのは、ハナと出会った日のことだった。
大雨の降る深夜、バイト帰りに歩いていたら、ずぶ濡れの彼女が目に入った。
大丈夫かと声をかけると目がうつろで、病院へ連絡しようと名前を尋ねたとき、ちょうど大型トラックが水しぶきをあげて……
『君、名前は?」
『×ナ』
『ん? ハナちゃん? かな?』
『そう、かも知れないわ』
むかし、どこかで聞いたことがある。
鳥の雛が地面に落ちていても、拾ってはいけない。人間の匂いがついた雛は、親鳥が警戒して、育ててもらえなくなる……と。
「そなたが、この子をヒナと呼べば、目を覚ます。ただし、ヒナの中からもそなたの中からも、ふたりの記憶は丸ごと消えるが」
唇を噛んだ。
彼女が目を覚ますことが一番いいに決まっている。
けれど、ハナとの記憶が一切なくなってしまうなんて、そんな辛くて悲しくて、身がちぎれることがあるだろうか。
「さあ、呼びなさい。ヒナ、と」
僕は深く息を吸い込み、眠る彼女を呼んだ。
「×ナ」
*
ぱちっと目を覚ます。
何の変哲もない、日曜の朝だ。
ひとり暮らしには少々大きすぎたベッドから身を起こし、うーんと伸びをする。
こんもりと、不自然な形に盛り上がった布団を見て一瞬不思議に思ったけど、気のせいだと思い直しながら、軽く整えた。
何だろう、この、何か……忘れているような。
ふと床を見ると、食べかけのバナナが落ちていた。
(了)
すごい展開だ!
設定がやばすぎて、なんとかオチがついたときの達成感すごかったですけどね……!