第2話 それは、ギャンブルではない

何かを隠すハナ。状況を整理するため、僕は、少しずつ質問をすることにした。


前のエピソード

 ハナは、天井に目をやり、口を半開きにしたまま固まった。

「何か思い出したの?」

「えっと……」

 言い淀んだ彼女は、ふるふると首を横に振った。

「言いたくない」

 それは、先ほどまでのような、僕への非難を含んだ声色ではなく、むしろ、申し訳なさそうな雰囲気を帯びていて……かえってその態度に、僕はいらだってしまった。

「なんだよ、分かったことがあるなら教えてよ。こっちだって混乱してるんだから」

「ごめんなさい、本当に言いたくない」

 黙秘を決め込むつもりらしい。

 それならばと、僕は作戦を変えることにした。

 ちょっぴり首をかしげて、切なげな表情を作る。

「……ごめん。怒るつもりじゃなかった。でも、何か思い出したのなら、教えて欲しいんだ」

 ハナの真正面に立ち、両肩に手を置くと、彼女はびくっと怯えたように、一歩あとずさった。

 恋人に示す反応ではないな、と思う。

 だから、彼女が思い出したのは、僕のことではなさそう。

「僕が誰だかは分からないんだね?」

「……ええ。ごめんなさい」

 そっと、肩に置いていた手を離す。

 ハナはふうっとため息をつき、不安そうな顔で尋ねてきた。

「思い出したことを言わなかったら、どうなる?」

 どうしようか。

 あまり駆け引きみたいなことはしたくなくて、それはひとえに、彼女が何を言おうと、僕にとっては大事な恋人だからだ。

 でも、と、思い直す。

 大事ならば、少しでもヒントを集めて、ハナの記憶を取り戻さなければならない――もしかしたら、この子は本当に、ハナではないのかも知れないけれど。

 少し考えてから、首を横に振った。

「ううん、何もしないよ。でもその代わり、僕もひとつ気づいたことがあるけど、言わない」

 うそ。気づいたことなんてひとつもない。

 それでも、情報を人質に取るようなことを言えば、彼女は口を割るのではないかと思った。

 ハナは、苦しそうな表情を浮かべたあと、降参したように言った。

「あなたのことは思い出せないけど、昨日の夜あなたとキスしてから寝たのは覚えてる。でも正直言って、知らない人とキスした記憶なんて、気持ち悪いし、言いたくなかった」

 何をしていたかの記憶はあるのか。

 しかも、間違っていない。僕は昨日、ハナとキスをしてからベッドに入った。

「失礼なこと言ってごめんなさいね。きっと、酔って誰だかも分からないあなたを家に連れ込んで寝たんだわ」

「いやいや。僕は君のこと知ってるっていうか、僕たち、付き合っててここで一緒に住んでるんだけど?」

「え……?」

 ハナは、目を丸くしたまま固まってしまった。

 色々聞きたいことはあったけれど、とりあえず、一番大事なことを確認することに決める。

「あの……とりあえず教えて欲しいんだけど。君、名前は?」

「柳涼子。23歳」

「仕事は?」

「派遣社員」

「家族構成は?」

「父、母、高校生の双子の弟」

 僕は、手のひらをばちんと額に当てた。

 全部合っている。彼女の名前を除いて。

「……僕の顔に見覚えは?」

「残念ながら、ないわ」

 15分ほど話をして、状況を整理した。

 まず、本人は柳涼子として生きているけれど、過去のエピソードなどはハナのそれと完全に一致していた。

 僕のことは知らず、僕との思い出は昨晩キスしたことだけ。

 よって、彼女はいま、『なぜか自分の名前が記憶の中ですり替わっていて、なぜか僕のことが記憶から抜け落ちている状態』なのだと考えるのが、自然だろう。

 好きでもなかったバナナを食べていたのは気になるけれど……まあ、大したことではない。

「それで、気づいたことって何なの?」

 先ほど言ったハッタリだ。

 僕は、少しもったいつけたあと、さも最初から考えていたかのように答えた。

「あのさ、篠崎和馬って分かる?」

「うん。大学の同級生だけど」

「僕と、その……ハナの共通の友達で、僕も和馬のことは知ってる。だから、これはただの提案なんだけど……」

 僕は深く息を吸い込み、ふーっと吐き出してから言った。

「和馬に、君の名前を聞こう。もしあいつが君のことを柳涼子さんだと言ったら、僕は君の前から消える。けど、もしハナだと言ったら、きっと君は記憶を失くしているんだと思うから、思い出す手伝いをして欲しい」

 フェアなようでフェアではない、ギャンブル。

 だって彼女は、ハナに決まっているのだから。


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小野じゅん

ライトミステリーを書く人。花札廃人。和菓子を食べる職人。公募がメインですが、過去作はカクヨムに載せています。将来の夢はものしり博士です。
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