「誰だっけ?」
「は?」
隣で目を覚ました僕の彼女「ハナ」は僕の顔を覗き込みながら問いかけた。
「えっと……いつから?」
「は?」
会話が破綻した。
窓の外には小鳥のさえずり、そして僕とハナの間にはしばしの静寂。
主語がない彼女の問いかけに、僕の思考は追いつかない。
「いや……どういう意味かな?」
「あなた誰?」
思考が破綻した。
昨夜、同じベッドに入り「おやすみ」を言って僕より先に寝息を立てていたハナが目覚めと共に「おはよう」も言わず、僕は誰かと問い詰める。
「僕はボクだよ、何言ってるのハナ?」
「もしかして、寝ぼけてる?」
ははは…は……僕の乾いた笑いは全てを素通りし、やがてフェードアウトする。
ハナの表情を見る限り、何となくおふざけや寝ぼけてるなんて雰囲気ではないことはヒシヒシと感じていたが、それでもそんな呑気な言葉をかけるくらいしか思考の停止した僕には為す術がなかった。
「ハナって誰よ」
と、ハナが言う。
「じゃあ……君は誰なの?」
「……」
ハナは無言のまま台所へ向かい、いい塩梅に熟したバナナを房からもぎり取り、パクパクと頬張る。
こうなるとお互い「誰?」状態だ。
窓の外は、相変わらずチュンチュンと小鳥のさえずり。爽やかな朝を演出してくれる小鳥さんには申し訳ないが、ちょっと静かにしてほしい。
頬張りながら、僕のことをじっと眺めているハナ。いや、むしろ観察されている?
ハナがバナナを食べるとこなんて一度も見たことがない。
一体ハナに何が起きたのだろう。
もしくは僕に何かが起きたのだろうか?
思考がバグる。
もしかしてこれがパラレルワールド(平行世界)?
そんな突拍子もないことが脳裏を掠めたが、どう考えても僕はパラレルワールドって柄じゃない。いや、もはや否定する理由も思考もバグってるが、あれは僕が昨日買ってきたバナナに間違いない。
いくらパラレルワールドだからって、こっちの世界の僕が同じバナナを買ってくるとは思い難い。
何かがハナに乗り移った? いやいや、僕はそんな心霊現象は信じない。
覚醒? いや何からだよ。
もっと、現実的なものだよ。
残るは……ハナの記憶喪失?
こういうのなんて言うんだっけ、えっと逆向性健忘症(ぎゃっこうせいけんぼうしょう)?
他には?
他に納得できそうな理由はないのだろうか?
ハナの記憶喪失なんて絶対認めたくない。今までの彼女との思い出が全て消え去るなんて、そんなこと僕には耐えられない。
僕は少しづつ思考を恐怖に支配され始めた。
ハナの……過去の記憶がなくなるなんて……そんなことがあってたまるか。記憶喪失だなんて理由はとてもじゃないが受け入れられない。でも、他に何があるというんだ?
自分自身をハナではないと断言するのなら、もしかして多重人格?
あぁぁぁぁ、もう一体何なんだ! 何が起きているんだ?
しかし、僕には現実的に起こり得る他の「何か」な理由は思いつかない。
僕はいっそ現実的でない理由であって欲しいと願っていた。
「あっ……」
ハナの何かを思い出したような表情に、僕は微かな希望を抱き彼女の次の言葉を待った。
第2話 記憶とバナナ
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第2話 僕とハナとスズメ
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第2話 それは、ギャンブルではない
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第2話 首輪
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